平松愛理の臭いや現在がアウト!?旦那との離婚理由や乳がんのその後は!?
こんにちは、やーまんです。1992年に大ヒットした『部屋とYシャツと私』のその後を綴った『部屋とYシャツと私~あれから~』が話題となった平松愛理さん。優しそうで儚げな印象ですが、12月5日放送の『アウト×デラックス』に出演するそうです。どんなアウトな人なのか、、気になります。
プロフィール
平松愛理(ひらまつ えり)
本名 平松絵里(ひらまつ えり) 生年月日 1964年3月8日(55歳) 出身地 兵庫県神戸市須磨区 出身校 親和中学校・親和女子高等学校、神戸海星女子学院大学 職業 シンガーソングライター、作詞家、作曲家 所属 ひらまつ堂 レーベル テイチクエンタテインメント |
父は平松医院の経営者で、兄も医師。
3歳からオルガン教室に通い始め、4歳からはピアノも始める。
中学ではコーラス部に所属する傍ら、ピアノでオリジナル曲を作成。
高校では軽音楽部に入り、ボーカルとしてガールズバンドに参加。
自身で作詞作曲した歌を披露し、プロを意識するようになる。
大学卒業後の1986年上京。アルバイトをしながらレコード会社に売り込みをかける生活を送る。
1989年2月、アルバム『TREASURE』、シングル『青春のアルバム』でデビュー。
1992年、アルバムからカットしたシングル『部屋とYシャツと私』がミリオンセラーとなり、日本レコード大賞作詞賞などを受賞。
翌年のアルバム『Single is Best』もミリオンセラーとなり、働く女性の何気ない日常の心理描写が多くの共感を呼んだ。
また作家として多くのアーティストに楽曲提供や執筆も行っている。
臭い(におい)がアウト!?
平松愛理さんを検索すると「臭い」というワードが上位に出てきます。
これは、「におい」なのか「くさい」なのか。
いい香りだと「匂い」の方を使いますよね。
あの綺麗で清潔感漂う平松さんが臭い(くさい)???
どうやら原因は”香水”にあるようです。
音楽業界30年のベテラン平松さんも本番前は緊張するそうで、気合いを入れる意味でも香水を使用しているそうですが、ついついかけすぎてしまうのだとか。
2016年4月放送の『有吉反省会』に出演した際、「香水のつけすぎで周囲に迷惑をかけている」ことを反省していました。
マネージャーやスタッフからも「異臭」と不快な表情をされるそうで、有吉さんからも「臭い!」と言われてしまったそうです。
ライブなどでも前列席のファンにもその香りが漂うほどだといいます。
ただファンの間ではもはや周知の事実であり、また「たまに香りが強いと感じることもあるが、決して臭くはないし、普段はそこまでではない」と「臭い」について否定しているファンもいました。
香水をつけすぎた時に周囲が指摘できるというのは、平松さんの人柄によるのかと思います。
現在がアウト!?
平松さんは本日(12月5日)放送の『アウト×デラックス』に出演される予定。
マツコ・デラックスさんの「OUT×DELUXE」に出演💓
⏰12/5日(木) 23:00〜23:40
はじめてマツコさんにお会いできました😀菩薩様の様なオーラが✨
普段の姿、宜しければ…是非☘️https://t.co/SpBBr06obg#アウトデラックス #マツコデラックス #矢部浩之 #山里亮太 #平松愛理 #部屋とYシャツと私あれ pic.twitter.com/YCP5rtYoVQ— 平松愛理 (@hiramatsueri) November 28, 2019
番組内では「最寄り駅から自宅まで毎日迷子になって帰れない」ことを告白するそうです。
どうも平松さんはかなりの方向音痴らしいのです。
現在パーソナリティを務めるラジオ番組のプロフィール欄の短所に「毎日方向音痴」とありました。
毎日方向音痴・・・
元々方向音痴でスタジオでもトイレに行って戻れなくなることがあったそうです。
で、四十路を過ぎたら物忘れがかなりひどくなり、家の鍵を忘れるのは日常茶飯事。
ただ五十路を過ぎたらそういった忘れ物はあまり無くなり、方向音痴がひどくなったとか。
最寄り駅から自宅まで徒歩7~8分の距離なのに、何度歩いても道がわからず、グーグルマップのGPSを使っているのだとか。
しかし地図を見ながらでも自分の向きがわからなくなり、帰宅まで2時間かかったこともあるといいます。
平松さん現在55歳。
大丈夫か!?!?
でも2018年に小型船舶免許2級を取ったりして、頭は使っているんですよね~。
ただ車の運転もする平松さんは船の運転と車の運転がごっちゃになるようで、船を運転した後、車の走行が左右のどちらかわからなくなったり(船は右側通行、車は左側通行)、ギアを反対に入れたりとパニックになるようです。
外出が心配になってきます。
追記⇨12月5日に放送された『アウト×デラックス』にて、平松さんのアウトっぷりは極度の方向音痴だけではないことが判明しました。
番組の内容によると、
・部屋の片付けを始めて「足が痛いなぁ」と思って気づいたら12時間経っていた。
・平松愛理さんが入浴後に歯磨きをしている間に、娘は入浴と髪の毛の乾燥まで済ませて就寝する。
(つまり30分~1時間歯磨きをしている!?という疑惑があるが本人に自覚はない)
・自分にとっては5分~10分しか経っていないはずなのに、実際は1時間くらい経っている。
また娘さんから母にやめてほしいこととして、
・家のテレビを触ってスマホのように文字を拡大して見ようとする。
・毎年11月から3月にかけてお雑煮を作り続ける。
というものがありました。
平松愛理さんいわく、
「元旦にお雑煮が無かったら、と思うと怖くて怖くて。」
「旧暦の正月の2月まではと思って」
と、余裕をもって11月から3月までのお雑煮作りとなっているそうです。
これはすごい。掘ったらもっと色々出てきそうです。
そんな平松さんですが、音楽活動は現役。
現在はネスレのテーマソングを手掛けたり、ライブイベント活動をしたり、ラジオのパーソナリティをされたりと精力的に活動されています。
また阪神淡路大震災関連の支援活動も継続している他、東日本大震災関連の支援活動にも尽力。
2018年は『部屋とYシャツと私』のその後を綴った『部屋とYシャツと私~あれから~』を発表し、「やっぱり歌詞が怖い」と話題になりました。
旦那との離婚理由は!?
平松愛理さんは1994年1月、共に楽曲制作をしていた編曲家の清水信之氏と結婚されました。
出典:https://livingroomcafe.jp/
1959年12月生まれで今年60歳の還暦を迎えられます。
作曲家、編曲家であり、キーボーディストでギタリスト。
ベースやドラムなども演奏できるという音楽業界でもすごい方です。
1996年には女児が誕生し、平松さんは少し仕事をセーブしていたようです。
しかし2005年に二人は離婚されました。
離婚の原因は「仕事上でのすれ違い」だと言われていました。
二人は離婚の5年ほど前から子育ての事情で仕事上のすれ違いが生じ、夫婦の価値観にも微妙なズレが生まれていったとか。
そのすれ違いを修正できないまま、結局「離婚」という選択をしたようです。
当時9歳だった長女は平松さんが引き取り、慰謝料はなし。
当時の記事では「離婚したとはいえ、憎み合っての別離でもないため、長女の学校行事等には二人そろって出席している」と書かれていました。
泥沼ではなく、円満離婚だったということでしょうかね。
娘さんは初一音(はいね)さんという名前で、23歳。(2019年12月現在)
音楽家の両親をもつので、やはり音楽関係の仕事をされているのかと思いきや、どうやら音楽とは違う道を進んでいるようです。
一般人ということで、情報はほとんどありませんでした。
乳がんのその後は!?
平松さんはデビュー当時から子宮内膜症を患い、痛みと戦う日々だったといいます。
子どもを持つのは難しいと言われていたそうですが、願い叶ってか子宝に恵まれます。
しかし出産時は母子共に危険な状態だったそうです。
その後子宮内膜症が悪化し、2001年に子宮を摘出。
そしてその半年後の2002年、38歳の時に乳がんが発見されたのです。
その後自ら乳がんを公表し活動を休止。
計8回に及ぶ乳房温存手術と放射線治療を行い、がん組織を摘出されました。
闘病中は様々な副作用に悩まされたといいます。
何より辛かったのは歌手にとって大切な「声がでなくなる」ということだったようです。
しかし闘病生活を乗り越え、乳がん発症から2年後の2004年にステージ復帰。
その後復帰に至るまでの人生を綴ったエッセイ本を出されるなど、女性の病気と闘う人へのエールも贈ってきました。
デビュー30周年を迎えた現在、乳がんの診断を受けてから20年近く経過していますが、再発などは無いようです。
まとめ
・平松愛理は香水がキツすぎて臭いと言われていた。
・平松愛理の現在は方向音痴がひどすぎるが、音楽活動は順調。
・旦那との離婚理由は子育てと仕事上のすれ違い。と言われている。
・乳がんの術後、再発は見られていない様子。
50代とは思えない若さと愛らしさを持つ平松愛理さんでした。
まだまだ何か出てくるかもしれませんね。
コメント
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悲しすぎて悲しくて。10年以上ファンでした。
悲しい時はこの曲が真っ先に。心打たれます。でも前向きな曲。頑張らないと。でも悲しい。双子2才連れて行かれました。泣きつずけてもう3カ月。平松さんも頑張ってください。